
子どもがまっすぐ座れないのは「体幹が弱い」だけではない
保育園や幼稚園、小学校の現場でよく聞く悩みに「子どもがまっすぐ座っていられない」「すぐに姿勢が崩れる」といったものがあります。こうした状況に対して「体幹が弱いんですね」と言われることが多く、確かに体幹の筋力が影響していることはあります。
しかし実は、子どもがまっすぐに座れない理由は体幹の筋力だけに原因があるわけではありません。この記事では、その背景にある多様な要因を紐解き、保育や子育てに役立つ視点をお伝えします。
「体幹が弱い」とは筋肉が足りないという意味ではない
「体幹が弱い」と聞くと、多くの方が「筋力が足りない」とイメージするかもしれません。しかし実際には、筋肉そのものの強さだけでなく、「姿勢を保つ能力」が関係しています。姿勢保持には、筋肉の力に加えて次のような働きが関係します。
- バランス感覚(体性感覚、前庭覚)
- 感覚を統合する脳の働き
- 視覚による補正
- 骨や関節の配列と柔軟性
つまり「姿勢を保つ力」とは、筋トレだけでは補いきれない、複雑な機能の組み合わせなのです。
実は多い「低緊張」という状態
まっすぐ座れない子どもをよく観察すると、「低緊張」と呼ばれる状態が隠れていることがあります。低緊張とは、筋肉のハリや張力が弱く、力が入りにくい状態を指します。このため、力を入れているつもりでも姿勢が崩れてしまい、周囲からは「やる気がない」「だらけている」と誤解されやすいのが特徴です。
低緊張の子どもは、疲れやすく、長時間同じ姿勢を保つのが難しい傾向があります。また、姿勢を支えようと頑張っても、筋肉がうまく反応しないため、ぐにゃっとした姿勢になってしまうことがあります。
このような子どもには、「頑張って!」「ピシッと座って!」と叱咤するのではなく、姿勢を支えるクッションや椅子の工夫など、外からのサポートが有効です。
骨盤の安定が「良い姿勢」の出発点
姿勢を支える上で、筋力以上に重要なのが「骨盤の安定」です。いくら背筋が強くても、骨盤が後ろに倒れていたり、不安定な状態では、背骨をまっすぐ立てることができません。
たとえば「背筋を伸ばして!」という声かけで、子どもが無理やり背筋を使うと、腰が反りすぎてしまい(腰椎の過伸展)、逆に身体に負担をかける姿勢になります。これは良い姿勢とは言えず、腰痛の原因になることすらあります。
本当に必要なのは、骨盤と背骨の関係を整えること。土台を安定させることで、無理なく自然な姿勢が保てるようになります。
視覚・前庭覚・体性感覚の統合が姿勢をつくる
子どもたちは発達の過程で「視覚」に強く依存します。
特に未就学児は、触覚や関節の位置を感じる体性感覚よりも、視覚からの情報を頼りに身体をコントロールしているのです。
この視覚の情報処理を支えるのが「小脳」です。小脳には、頭が動いても視線を固定できる「前庭動眼反射」という機能があり、これがうまく働くことで、身体のバランスを取れるようになります。
つまり、目を使った遊びや、視覚と体を連動させるような経験が、姿勢制御の発達にとってとても重要なのです。外遊びや鬼ごっこ、ボール遊びなどの多様な動きの中で、子どもは感覚統合の力を育てていきます。
呼吸と姿勢の密接な関係
姿勢保持には、腹筋や背筋のような表面的な筋肉だけでなく、「腹圧(ふくあつ)」と呼ばれる体の内側の圧力が重要です。この腹圧を生み出すには、呼吸機能がしっかりと働いている必要があります。
とくに「大きな声を出す」「全身を使って叫ぶ」といった遊びは、呼吸筋(横隔膜や腹筋)をしっかり使い、結果として体幹を鍛えることにつながります。静かに過ごすだけでは身につかない力が、遊びの中で自然と育つのです。
逆に、呼吸が浅くなるような前かがみの姿勢や長時間のゲームなどは、姿勢の崩れと同時に呼吸機能の低下を招く可能性があります。
柔軟性の欠如も見逃せない
筋肉の柔軟性が不足していると、正しい姿勢をとりたくても物理的にできない場合があります。
とくに太もも裏(ハムストリングス)や股関節周りが硬いと、骨盤が立ちにくくなり、背中が丸まりやすくなります。
日々のストレッチによって、じわじわと筋肉を伸ばしていくことで、姿勢を取りやすい身体環境が整っていきます。短期間で無理に伸ばすのではなく、少しずつ丁寧に続けることが大切です。
環境と生活習慣も姿勢に影響する
どれだけ身体の機能が整っていても、座っている椅子や机が合っていなければ、姿勢は崩れてしまいます。
また、外遊びの時間が少ない、ソファに座っている時間が長い、タブレットやゲーム中心の生活なども、姿勢保持能力を育てる機会を奪っているのが現状です。
適度に動くこと、色々な姿勢を経験することが、子どもの身体をしなやかに育てます。
子どもの姿勢は「多角的」に支えることが大切
子どもがまっすぐ座れないのは、「体幹が弱いから」という一言では説明しきれません。筋力、筋緊張、感覚統合、呼吸、柔軟性、生活環境など、多くの要因が絡み合っています。
子どもに必要なのは、厳しい指導や叱責ではなく、「理解」と「工夫」と「支え」です。
一人ひとりの個性と発達段階に寄り添った関わり方が、子どもたちの健やかな姿勢づくりにつながっていきます。